深呼吸日和

こころの時代のライフスタイル
シンプルで豊かに生きる幸福論

心が疲れた時は余計なものを捨てる 決めつけず曖昧さを持つ

2014年4月9日

少しづつ何かを我慢して、少しづつ何かを失っていく。
日々の暮らしのなかで段々と積もっていく目には見えない何か。

「こういうものだ」「しかたない」と分かったふりをする。
自分をごまかして物分かりのいい人間を演じてしまう。

心が疲れた時は自分自身を見つめ直す時期なのです。
自分の中の余計なものを捨ててしまいましょう。

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心が疲れた時は受け入れる

人は納得を求めます。
自分の行動に、今の状況に。

だから納得するための理由を求めます。
自分を正当化するための理由をつくり出すのです。

自分が弱いからだと、自分自身を傷つけて自らを追い込む。
自分は悪くないと、誰かや何かのせいにしてありのままを受け入れられない。

ますます心の中に澱が溜まったいく。
投げ出すことができずに耐えてしまう。

段々ストレスが蓄積されて、心にモヤモヤが増えていく。
心の塵を払いましょう。

溜まっていくばかりでは、いつかその重みに潰されてしまいます。
必要なのはごまかすことではなく、受け入れることです。

柔軟な心を持つ

禅の言葉に「柔軟心(にゅうなんしん)」というものがあります。
決めつけず縛られず、何物にも囚われない柔軟な心を持つということです。

人は執着を持つほどに生きづらいと感じてしまう。
違う価値観を受け入れられなくなっていまいます。

自分と違うものを否定しない。
自分と同じものを他人に求めるから苦しいのです。

それぞれの考えがあり、正しさがあります。

正しいかどうかで判断しない。
自分にとっての正しさを相手に押し付けない。

大切なのは曖昧さを持つこと。
気楽に考えてみましょう。

悲観的に考える必要なんてありません。
自分から苦しまなくてもいいのです。

心が疲れた時は決めつけず曖昧さを意識してみましょう。
しなやかだからこそ、折れない心を保てるのです。

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